本文
山下教授(動物生殖生理学研究室)の論文がReproductive Medicine and Biology誌に掲載されました。
Okamoto A, Nakanishi T, Tonai S, Shimada M, Yamashita Y*.
Reprod Med Biol. 2024 Mar 20;23(1):e12571. doi: 10.1002/rmb2.12571. PMID: 38510925; PMCID: PMC10951886. *; Corresponding Author
日本語タイトル:マウスにおいてニューロテンシンはErBb-ERK1/2系の持続的活性化を誘導し,卵子の発生能獲得に必要である
【概要】性成熟を迎えた哺乳動物の卵巣では,卵子を含む卵胞という組織が大きくなる「卵胞発育」と大きくなった卵胞が破裂する「排卵」が誘導され,成熟卵子は卵管へと放出されます。卵胞発育と排卵は,勝手に起こっているわけではなく,中枢からの刺激によりそれぞれ誘導されます。卵胞刺激ホルモン(FSH)と黄体形成ホルモン(LH)は中枢から放出され卵胞を刺激するホルモンであり,FSHが卵胞を裏打ちする顆粒膜細胞を刺激すると顆粒膜細胞の増殖が促進され,卵胞発育が誘導されること,その後に脳下垂体から放出されるLHが顆粒膜細胞に作用すると卵子成熟と排卵が誘導されます。排卵を誘導するLHに対する受容体(LHCGR)は,卵子や卵子を取り囲む卵丘細胞には存在しないことから,LH刺激を顆粒膜細胞から卵丘細胞卵子複合体(Cumulus-Oocyte Complex; COC)へと伝える二次因子の存在が示唆されていました。近年,この二次因子として上皮正常因子様因子(EGF-like factor)が同定されました。加えて我々の研究室では,EGF-like factorの分泌にはプロテアーゼであるADAM17が働くことも明らかにしています。これらEGF-like factorはADAM17により分泌されると,EGFR顆粒のタンパク質リン酸化酵素のERK1/2系を活性化し,排卵と卵子成熟が誘導されることが明らかになっています(図1)。
我々の研究室では,顆粒膜細胞特異的にERK1/2遺伝子をノックアウトしたマウスにおいて,神経細胞の軸索の伸長に働くことが知られるNurotensin(NTS)という因子の発現が著しく低下することを見出しました。このことから,NTSは排卵や卵子成熟に関わる新たな制御因子であると考えられました。本研究では,マウスを用いて排卵期におけるNTSの発現とその役割を詳細に解析しました(図2)。
この結果,NTSは排卵刺激後の顆粒膜細胞でEGF-like factorと同調して発現することを明らかにしました。さらにNTSの役割を調べるため,NTS受容体(NTSR)の阻害剤のSRをマウスに投与してその卵巣における機能を調べました。その結果,SRを投与すると,排卵と卵子成熟が著しく抑制されることを明らかにしました。さらに,SRはEGF-like factorとEGFRの発現,ADAM17の酵素活性に重要であり,これによりEGFR下流のERK1/2の活性を排卵過程を通じて維持することを初めて明らかにしました(図3)。
本研究は,山下研究室の卒業生である岡本麻子 博士(現広島大学大学院統合生命科学研究科特任助教)が山下研究室で行なった研究に加え,広島大学大学院統合生命科学研究科教授の島田昌之 博士とともに行った共同研究を論文にまとめ発表に至りました。
【用語説明】
卵胞:卵子を含む構造。最外部に顆粒膜細胞が存在し,卵子の周りには卵丘細胞が存在する。
FSH:脳下垂体前葉から放出される糖タンパク質。顆粒膜細胞に存在するFSH受容体に結合すると顆粒膜細胞を増殖させ,卵胞発育が誘導される。
LH:脳下垂体前葉から放出される糖タンパク質。顆粒膜細胞に存在するLH受容体に結合すると排卵が誘導される。
COC:卵丘細胞卵子複合体のこと。卵胞が形成される過程で卵子の周りに存在していた顆粒膜細胞が卵子を取り囲む構造をとり形成される。
EGF-like factor:上皮成長因子(Epidermal Growth Factor;EGF)様の因子。EGF受容体(EGFR)に結合する領域であるEGFドメインを持つ成長因子の総称。排卵に働くEGF-like factorとして,であるAmphiregulin(AREG),Epiregulin(ERER),Betacellulin(BTC),およびNeuregulin1(NRG1)がこれまでに報告されている。
EGFR:EGF-like factorが結合するEGF受容体のことで,ErBb1,ErBb2,ErBb3,ErBb4の4つのタイプが存在することが知られている。
ERK1/2:タンパク質リン酸化酵素のことで正式名称はExtracellular signal-regulated kinase 1/2のこと。ERK1/2は,細胞周期などを制御するMAPK(分裂促進因子活性化タンパク質リン酸化酵素)の一種。ERK1/2は分子量が44kDaのERK1と42kDaのERK2から成る。
ADAM17:様々な種類の細胞膜に固定されたサイトカインや細胞接着因子,受容体,成長因子や酵素の活性化に働くタンパク質分解酵素のこと。
生命科学コースでは、動物、植物、微生物など多様な生物種を用いた様々な研究に学生?教員が日々取り組んでいます。最近の成果については、研究力の生命科学コースをご参照ください。