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生命科学コースでは、大学Web上で講義、学生のさまざまな活動や卒業生の声を連載形式で紹介しています。本年度は、教員の研究活動やこれまでの歩みについてインタビュー形式の連載としてお届けしています。7回目は松崎助教 (細胞情報学研究室)です。
(5号館2F,5210室)
担当講義科目:生物学演習,分子生物学, タンパク質工学など
私の研究分野は広いくくりで言うと「生化学」、詳しくは「細胞内情報伝達」という分野です。生物は単細胞、多細胞にかかわらず常に環境の変化に対応して細胞の働きを調節しています。周囲の栄養や温度の変化などはイメージしやすいかもしれませんが、多細胞生物では体の中で作られるホルモンなどの信号分子も細胞の環境の変化のひとつです。人の体はたった一個の受精卵が分裂しておよそ60兆個の細胞からなる成人になります。この過程でおこる細胞の増殖や分化は様々な増殖因子などの細胞外信号分子によって厳密にコントロールされています。また、成人になってからも細胞の働きはホルモンなどの作用によりコントロールされて体全体の調和が維持されています。このような細胞外の信号分子をはじめとする環境の変化が細胞に感知され、細胞内部に伝えられ、そして細胞が働きを変化させるまでの過程を細胞内情報伝達といいます。例えば、高校で習うホルモンのうち水溶性のものは細胞膜上にある受容体に結合することで細胞に感知され、その後、細胞内情報伝達タンパク質とよばれる一群のタンパク質によって伝言ゲームのようにその情報は伝えられて増殖や生存、代謝、運動など様々な細胞機能の変化を誘導します。細胞内情報伝達タンパク質の多くはリン酸化と呼ばれる翻訳後修飾によってその働きが調節されていて、例えば一つの情報伝達タンパク質がリン酸化を受けるとスイッチがオンになりターゲットのタンパク質に働きかけるようになり、脱リン酸化されるとスイッチオフになるという可逆的な制御を受けています。このタンパク質リン酸化反応を触媒する酵素をタンパク質リン酸化酵素といい、これらのタンパク質リン酸化酵素はそれぞれ特異的な標的タンパク質をリン酸化することで情報を伝えて様々な細胞機能を調節しています。タンパク質リン酸化酵素の数は非常に多く、ヒトのゲノムには500以上のタンパク質リン酸化酵素遺伝子が存在します。我々の研究室では、動物に広く存在するタンパク質リン酸化酵素の一つであるProtein Kinase B(略称PKB、別名Akt)に着目して研究を行っています。PKBは細胞の増殖や運動、分化などさまざまな細胞機能に関与することが過去の多くの研究から明らかにされています。また、PKBの情報伝達に異常が起こるとがんや糖尿病になることも知られており医学研究の分野でも注目されている分子です。現在ではPKBは大学で使われる生物学の教科書でも紹介されるくらいメジャーなタンパク質ですが、その役割にはまだまだわからないことが多く残されています。我々はPKBのこれまで知られていない調節の仕組みを明らかにすることを目指して研究を行っています。
軟寒天培地を用いたコロニー形成アッセイ
がん細胞は正常細胞とは異なり基質に接着せずに増殖できるという性質があります。動物細胞を寒天で作ったゼリーに浮かんだ状態で培養して増殖できるかどうかを調べる実験です。濃い丸は増殖した細胞の塊(コロニー)です。
GFP融合タンパク質の観察
GFP(Green Fluorescent Protein)という緑色の蛍光を発するタンパク質と目的のタンパク質を融合したキメラタンパク質をヒト培養細胞(HEK293)に発現して目的のタンパク質が細胞のどこにあるのかを観察する実験です。
瞬間というと研究の前後などがわからないとお伝えするのが難しいので、勝手に時間スケールを変えてしまいます(笑)。我々が研究対象としているPKBは1991年に「こういうタンパク質があるよ。」と報告されて研究がスタートしました。最初は細胞内でどんな役割をしているのか全くわかっておらず、このタンパク質の研究に取り組んでいるのは私の所属していた研究グループを含めて世界で数グループだけでした。ところが、その後の様々な研究からPKBがこれまで謎とされていた有名なセカンドメッセンジャーのターゲットであることが明らかにされたこと、増殖や生存などさまざま細胞機能を調節することがわかってきたことで注目されるようになり、2000年代には細胞内情報伝達の一例として世界中の大学で使われる教科書(細胞の分子生物学)で紹介されるくらい有名なタンパク質になりました。一方ではPKBががんと糖尿病という深刻な病気に関わることも明らかにされ、2000年代にはいくつもの製薬企業ががんの治療薬としてこの分子の阻害剤の開発を始めるという状況に変わりました。世の中が大きく変化していくのは私にとっては衝撃的でした。
高校生の頃は非常にぼんやりとしたものでしたが将来は企業の研究所で働いてみたいと思っていました。といっても石油化学系企業の研究所で働く親戚から話を聞いて「そんな職業があるのか」と意識していたくらいです。その頃はまだ大学の専攻も決めておらず、高校で生物と化学の両方に興味があったので大学で入学後に学科を選べる神戸大学の理学部を選びました。そこでの様々な人や分野との出会いが研究を選ぶきっかけになったと思います。入学すると同級生たちは生物、化学、地学、物理、数学などバラバラの学科を希望しているのですが、お互いに「なぜxx学科希望なの?」と尋ねるとみんな「面白そうだから」、とシンプルな答えが返ってきます。「就職に強い」とか「人々に役にたつ」という言葉はほとんど聞きません(私の周りだけかもしれません)。この「面白そうだから」というシンプルな答えはとても気に入ったのでこの後もずっと続くことになりました。学科選択の時期になると「大学の講義を受けてみると生物が面白そう」だったので生物学科を選び、専門科目の講義を受けていると「生化学の講義、特に細胞の働きを調節する仕組みって面白そう」だったので生化学の研究室を選びました。ただ、やはり大学に残ることは全く考えておらず、修士課程を修了したら企業へ就職、病気にも興味はあったので製薬企業で研究職につければと考えていました。それが研究室で過ごすうちに徐々に考えが変わってきて博士課程に進学しました。当時、取り組んでいた研究への興味もありましたし、学内の同級生や先輩、先生たちと飲み会などを通じて聞く博士課程の生活や大学での研究、留学などにも魅力を感じました。その他、学会や学内で行われるセミナーに参加して面白かった経験など小さなきっかけたくさん積み重なって「博士課程への進学?大学での研究が面白そう」に感じたのだと思います。
大学時代に友人に誘われてスキーを始めました。学生時代はほぼ毎年、卒業後も2,3年に1回というペースでスキー旅行に行っていましたね。この10年近くは中断してしいるのですがまた復活したいと思っています。妻が大学の競技スキー部出身なので一緒に行くと鍛えられます(笑)。それと、こちらも最近は中断してしまっていますが旅行も好きですね。大学院の卒業旅行はとくに楽しかった思い出の一つです。同級生とオーストラリアに10日間くらいの旅行だったのですが、飛行機の中でケアンズ滞在中に参加するオプショナルツアーを相談するとみんなの希望はバラバラでした。い結局、申し込めるものは全部参加ということになってしまい、グレートバリアリーフツアーやラフティングなど盛りだくさんの旅行になりました。毎日、早朝にホテルを出発するため夕方に帰ってきたときにはクタクタになっているのですが、夕食後にはホテルのプールに遊びにいきます。最後は部屋に帰って気を失うように眠るというとにかくハードな旅行でした。当時の若さと大学?大学院と一緒に過ごした友達同士だからこそできた旅行ですね。その他、ノルウェーにフィヨルドやカナダにオーロラを見に行きましたが、生で見る景色は写真やテレビでみるよりもっと迫力があって素晴らしい経験でした。オーロラ鑑賞に行ったイエローナイフは冬には気温がマイナス30度にもなる地域です。寒さは辛いのですがオーロラが出現する確率も冬が最も高いので真冬にいきました。マイナス30度の屋外をしばらく歩いていると息の水分が前髪で氷るという面白い経験もしましたね。しばらく海外旅行は難しそうですが、次の行き先を家族で相談しています。
この記事を読んでいただきありがとうございます。
県立広島大学に限らずみなさんは大学で様々な人(友人、先輩、教員など)と知り合うでしょうし、講義や実験を通じて新しい知識や研究分野に出会うと思います。ぜひその出会いを大切にしてみてください。もしかすると将来を決めるきっかけになるかもしれません。ちなみに県立広島大学生命環境学科生命科学コースはフレンドリーな先生ばかりですし、また学生もみんなとても穏やかで親切です。もし少しでも「面白い」と感じることがあれば講義や実験の後など機会を見つけて先輩や先生に話しかけてみてください。きっと皆さんよろこんで答えてくれると思います。